ばねを製造する際の複雑な音たちを使用して作られた、超イルな、エレクトロ・テック・ファンク。DJ TASAKA曰く、このトラックには「羽田空港から飛び立つジャンボジェットの部品の一部になって世界にTAKE OFF!」という大田区パトリオットな願望がふりかけられた楽曲だそうだ。すべてはこの工場から始まった。工場の社員が撮影した動画がこのレーベルの着想となっているのだ。
ばねの元となる金属の線材。線材の材質は製造するばねの種類によって様々である。ばねは金属の線材を押し付けて曲げたり、巻きつけて成形したりすることで製造される。
画面向かって左から右へと線材が送り出され、その先のツールに線材が押しつけられることによって、くるくるとらせん状に変形していく。これが「巻く」工程だ。
「曲げる」工程を重ねることによってつくりあげるばねもある。こちらのばねはツールの動きを複雑に組み合わせることにより、線材を思い通りの形状に変形させている。
軸に巻きつけることで、らせん状の形状に加工する方法もある。以前はこの手法で製造することが多かったそうだ。
線径0.05ミリメートルという極小のばね。ルーペを使用しないと、らせんの形状を目視することができない。
線径0.02ミリメートルのばねをルーペを使用して観察した様子。
1941年創業。製造拠点は、東京都大田区、宮城県大河原町、秋田県太田町の3カ所にあり、海外ではインドネシアに子会社を持つ。「精密ばね」の製造に特化し、電子、光学、医療、通信機器部品、自動車部品、宝飾品等あらゆる分野に必要とされるばねを製造。 超精密な圧縮コイルばね、引張コイルばね、トーション(ねじり)ばね、ワイヤーフォーミング(線細工)加工を得意とし、受注生産にて、試作から量産まで対応している。
中学生の頃ヒップホップに出会い、ターンテーブルとミキサーを手に入れる。18歳の時にクラブDJとして活動をスタート、そののちテクノを中心としたプレイスタイルに。2001年からミックスCDやソロアルバムのリリースも開始し、同時期には電気グルーヴのライブツアーやアルバム制作にも参加する。数々のリミックスワークやコラボレーション活動を継続し、2015年7月には、自身で立ち上げたレーベルからCDアルバム「UpRight」をリリースした。
1979年北海道網走市生まれ。1999年に世田谷ハートビートレコーディングスタジオでエンジニアとしてのキャリアをスタート。2009年にフリーランス。現在は京都を拠点に、レコーディングミキシングエンジニア、ライブPA、マスタリングと、柔軟かつ多角的にアーティストと関わる。
小松ばね工業の元総務部長。2016年退職。自らカメラを回し、工場の製造過程の記録映像を撮る。そのデータがもとになり、このレーベルが始まった。このミュージックビデオも彼の撮影である。
身近にある素材に注目し、それを分解し再構築する手法で作品をつくる人。このプロジェクトでは、町工場に注目し、映像監督も兼任して制作に携わる。